2011年07月31日

男一匹今後どう生きるのか

この間利用者さんの食事介助をしながら、ある職員の行動を見ていて思った。非常にテキパキしているのだ。食べ終わった利用者さんをすぐにトイレに連れて行き、口腔ケアをし、寝かせる人は寝かせる。自力摂取ができる人でも時間がかかっていれば介助して食事を終らせ、トイレ・口腔ケア・臥床というふうに、ちゃんちゃか「業務」をすすめるのである。まるで物を片付けているみたいで、ある意味気持がいいくらいです。「まわす」ことに重点を置いてる人なのです。というか、自分は「まわせる」人間と思われることが何よりも最優先することなのでしょう。ひどいヤツと思うかもしれませんが、私がいつも愚痴を聞いてもらっている看護師はその職員のことを「10年ずっと見てるけど、あの子はすごく心の優しい子」だと言う。その看護師の目が曇っているわけではないと思う。私から見たら最低なヤツでも、その看護師からみたら優しい子なんだと思う。新人に対して、その全人格を否定するようなことを言うようなヤツだけど、やはりその看護師にとっては優しい子なのだろう。私はそのテキパキヤローの性格が悪いとは思わないし、血も涙もないヤツだとも思わない。というかむしろ逆だ。異動当日から感じていたことだが、なめられないためにそうとうがんばってるヤツである。そのガンバリがあまりにあからさまで、かえってなめられてしまうということに気づいてないお目出度いヤツである。その人はなぜそんなにもなめられたくないのか?これもすぐにわかった。介護部長にハッパをかけられているからだ。介護部長自身がなめられないようにと虚勢を張り通した人生だったと思う。男が一度なめられたら云々かんぬん、それを真に受けてくる日も来る日も虚勢を張らねばならないことを気の毒に思うが、単なる犠牲者だと同情ばかりもしていられない。男一匹30も過ぎてこれからどうやってこの世知がらい世の中を渡っていくつもりなのか?腹立ちのほうがやはり大きい。職場での自分の地位に汲汲とするばかりで、学ぼうともせず、今後妻子を路頭に迷わせる気か?10年一日のごとく同じ部署にいて同じことを繰り返して、危機感はないのか?そう仕向けたのは介護部長であるが。嫌なヤツではあるが、貴重な反面教師でもある。
posted by カイゴのみょんみょん at 12:38| Comment(0) | 介護職員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同僚や上司の介護ができますか?

私はこのブログで、同僚や上司をボロクソにこき下ろしている。あるとき思った。私はこの人たちの介護ができるだろうか。こんな人には介護してもらいたくないという視点でならいくらでも偉そうなことが言える。だが介護するとなったらどうだろう?今介護をしている利用者さんだって、きれいごとを並べているが、みなが人格者なわけではない。重度の人が多く、みな寝たきりで意思の疎通もままならないので、性格が気に食わないとかそういうのはあまりないのだが、もしいや〜な性格の人だったらどうだっただろう?かつて自分を苛め抜いた上司が呆けて入所してきたら、私情を脇にどけて介護ができるだろうか?こういうのは在宅で家族を介護している人の話を聞いたほうがわかりやすだろう。嫁が姑を介護するというのがおそらく一番多いだろうし、姑に可愛がられた、仲がよかったなんて人はきわめて少数派だろうから。きっと私たち施設介護従事者なんぞが想像もできないような葛藤があるのではないかと思われる。そこで、冒頭の疑問に戻るのだが、年齢があまり違わないので可能性は低いが、例えば事故か病気で職場のいや〜〜なヤツが要介護状態になったとしよう。私は障害者施設で働いている。その人が重度障害者として施設に入所してきた。自分ひとりでは何もできず、すべて介護者に頼らねばならない。言葉も話せない。あら、お久しぶり、奇遇ですね〜こんな体になっちゃって、ご気分は?と聞くだろうか。あんたかつて利用者さんにこんなことしてたよね!?あんたも同じ目にあわせてあげようか!?ってひどいことをするだろうか。わざとナースコールを無視したり、脅したりするだろうか。それとも一利用者としてビジネスライク?に介護するだろうか。現時点ではわからない。少なくとも思うことは、この人の介護はしたくない、できないということだけだ。私は職場の人間をこきおろすことで、なんとか今の自分を正当化しているのかもしれない。便が出ていることがわかっていながらオムツを替えようとしない職員を見ながら、ぼんやりと思った。
posted by カイゴのみょんみょん at 12:07| Comment(0) | 介護職員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

道徳、倫理、常識の最後の砦

昨日は月に1度のフロア会議であった。ある職員が、「食事のときのおしぼりを投げるようにして置く人がいる。あんまりではないか」と発言した。私も以前から気になっていていた。(投げるようにして置く職員が以前デパートに勤務していたことを知っていたのでなおのこと)よくぞ言ってくれたと思った。しかし同時に深い淵に沈みこんでいくような絶望感や脱力感も感じた。このような指摘があると、職員はみな口をそろえて言うのだ。「接客業にあるまじき行為」「介護現場に限らず人間としてやってはいけないこと」等々。言葉遣いや態度についてもしかり。命令口調、タメ口は日常的に使われており全く改まっていないが、こういうテーマで話し合いをすると、老いも若きも、新人もベテランも、判で押したように「高齢者は人生の先輩。きちんとした言葉遣いをするべき」と言う。食事もしかり。「冷たいのは言語道断。サービス業にあるまじきこと」と怒ってみせる。だが、そもそも提供する食事が冷たいかどうかなどどうでもよく、興味がないのである。かくして研修、勉強会などは形骸化して、現実は全くかわらないままとなる。世知に長けているというのだろうか。こう言っとけば問題なし、面倒なしと、20代ですでに習得しているようだ。私はおばはんであるにもかかわらず、このへんのことがうまくこなせず面倒くさい破目に陥っている。フロア会議の前に身体拘束に関する勉強会があり、11項目を挙げながら、これはやってはいけないことですよね、わかってますか?とやっていたのだが、私は念仏を聞かされている馬のような気分であった。どうもギャグではなさそうだしと思い、神妙に聞いていたのだが、もしややはりギャグか?とも思い、ニヤニヤ笑いが抑えられず困った。この日フロアの責任者が8月6日で退職すると発表があった。この人に対しては、期待したりがっかりしたり、複雑な思いはあるが、道徳、倫理、常識の最後の砦がこの人の退職によって崩壊することは確かである。もう少しがんばろうという気持が揺らいでしまった。砦が崩壊した後の職場はどんなだろうか。
posted by カイゴのみょんみょん at 12:01| Comment(0) | 介護職員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

ケンカの仲裁も仕事のうちです

先日の早番のときのことである。朝食がくる少し前、席の近い女性利用者二人が言い合いをしていた。

Aさん 「今日のメニューなんや?」

Bさん 「なーん、知らんわ」

Aさん 「知らんがか、バカタレ」

Bさん 「なんでそんなこと言わんなんがや。」

Aさん 「ごめんね」

Bさん 「あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ」

Aさん 「ごめんね」

Bさん 「あんた、自分の胸に手当てて考えてみんか」「言うていいこと悪いことあるやろ」
    
    「朝からこんなこと言われて腹立つ」

Aさん 「ごめんね、かんにんして」

私はまだ勤務に入る前で、連絡ノートに目を通していたのだが、このやりとりに心底びっくりした。なぜって、Aさんは、ちょっとわがままなところはあるが、他の人に向かって「バカタレ」などと言う人ではないと思っていたからだ。何か嫌なことを言われたとかではなく、自分の質問に答えられないという理由ならなおのこと。異動から9ヶ月経つが、私は聞いたことがなかった。そしてBさんの、あんな言葉を聞くのも初めてだった。Bさんはちょっと気弱なところがあり、優しい。そうとう嫌なことを言われたりされたりしても、相手に言い返すことなどない。トイレなど密室で、こちらから水を向けると、「私のことバカにして」「くやしい」と半分笑いながら愚痴ることは時々あったが。この二人の間には、夜勤の男性職員が座っていた。ニヤニヤしながらBさんに、「謝ってるんや、許してあげれば」とかなんとか言って、のらりくらりと対応していた。この人の存在意義はなんなんだろうと思った。この人には、Bさんの怒りも、Aさんの困惑も理解できないのだろうか?Aさんは、うっかり口をついて出た言葉でBさんが予想以上に怒ったので、びっくりして、ひたすらごめんねごめんねと謝っていたのではないか。そもそも職員があいだに入っていてなぜ、二人がこんな言い合いをするのか?この人が余計なことを言ったのか?こんな勘繰りまでしたくなった。利用者どうしの言い合い、ケンカなどよくあることだろうが、そこをうまく収めて、双方が少しでも嫌な思いをしないようにするのが介護職員の役目ではないのか。それができなくて、だれそれはわがままだの、言い方がキツイだの、癇癪起こすだのと、利用者だけの問題にしていたのでは、専門職もへちまもないではないか。
posted by カイゴのみょんみょん at 21:17| Comment(0) | 介護職員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

挨拶はされるものなのか?

「挨拶のできない職員がいる。しかも若い子ではなく年配者だ。若い子ならいまどきの、そんなもんかと思うが、年配者が挨拶できないとはどういうことだ。」
 今朝の朝礼で、介護部長が例のごとくヒステリックに口汚く罵った。挨拶ができない云々の後、ぶすっとした顔、ふくれっ面で仕事をしてもらっては困る。迷惑だ。廊下ですれ違ってもお疲れ様の一言もない。自分が社長ならこんな社員はやめてもらう。と息巻いた。昨日の朝礼でも同じことを言っていたようだ。話の内容から、どうも介護部長自身の経験(挨拶されなかった。仏頂面の職員を見た)ではなく、職員からの訴えと思われる。非常に嫌な気分になり、考え込んだ。介護部長は、挨拶は社会人として当然のこと、嫌なことがあっても笑顔で仕事をするのがプロだともっともらしく締めくくった。だが、介護部長が言う「挨拶は社会人として当然」というのは、新人や年数の浅い職員が年配者やベテランの職員に挨拶することのみを指しているとしか思えない。なぜなら、私が勤務する施設(特養)では、勤務年数の長い職員が自分から挨拶をするなんてことは非常に少ないからだ。ほとんどの人が、年数の浅い職員の挨拶を受けて、鷹揚に返事をするというかんじだ。当然ながら利用者さんにきちんと挨拶をする職員などいないに等しいぐらいだ。介護部長自らが、“挨拶するときは”「おはよう」「元気やじ」とタメ口である。想像するに、ベテラン職員が、自分に挨拶をしない職員がいることに業を煮やし、部長にそうとう尾ひれを付けて訴えたのではないか。その訴えを真に受けて、冒頭の言葉になったと思われる。挨拶をまったくしない職員などそうそういるものではないが、うっかり言いそびれたり、ぼんやりしていたり、なんとなく言いそびれたりすることはあるものだ。ベテランは自分から挨拶をしないので、新人のそういう態度が何度か続くと、「なめられた」「この私に挨拶しないのは許せない」と、ほとんど被害妄想のようになってしまい、いても立ってもいられなくなる。(たぶん)それにしたって、ヤクザのあいさつまわりじゃあるまいし、堅気世界で挨拶といえば、双方がするものである。辞任した松本前復興大臣の俺様発言もそうだが、自分は挨拶を受ける人などと、どういう世界にいたらそんなお偉いさん気分になるのか。官僚と介護か。
posted by カイゴのみょんみょん at 20:09| Comment(2) | 介護施設 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。