2010年10月20日

自分にしか関心がないのはあんただろ?!

湯川博士の「介護笑説・山姥は、夜走る」のなかに、次のような文章がある。“人を看病したり思いやるには、大いなる余力がいる。いまのおばあちゃんにはもう余力が残っていない。自分にしか関心がない。”おばあちゃんは著者の実母である。お得意の「眼が見えない」がまた出たので、自分の息子(おばあちゃんにとっては孫)が失明寸前までいったことを話すが、おばあちゃんは「あっ、そう。それで?治ったの?ならいいじゃない」とあまり関心がないのである。年寄りが自分にしか関心がない、自分さえよければと思っている、いつも自分自分…介護現場でもよく聞かれる声だ。特に訴えの多い利用者に対して思うようだ。誰かが転倒して大変なときに、あれして、これしてとたいした用事でもないのにものを頼んだり、配膳の真っ最中にトイレに連れて行けとか言うからだ。だが年寄りに限らず誰だって日常生活で同じようなことをしているのだ。当人にとっては「こんな大変なときに!」「今それどころじゃないのがわからないのか!」といったところだろうが、他人にしてみれば、知るか!関係ない!なのだろう。身に覚えがあるどころの話ではない。だが、相手が介護老人だと評価として、他者への配慮が見られないなどと書かれてしまう。自分にしか関心がないと言われると私はもう全く返す言葉もない。私は以前保育所に勤務していたのだが、あるとき仕事で昼食をとるのが遅くなってしまった。子どもたちを寝かせた後ゆっくり食べようと思い、ほらほら急いで〜と午睡室に子どもを追い立てていた。一人ぐずぐずしていて部屋を出ようとしない男の子がいた。うっぜ〜何してんだ?と思っていたら(おわかりと思うが最低の保育士でした)その男の子が言うのだ。「先生、ごはんまだ食べとらんがやろ?オレ待っとってやろうか」3歳児である。子どもが自分勝手で自分のことしか考えてないなんて言ってるのは誰だ?私じゃないか。私はその子がそんなこと言うなんて夢の夢にも考えなかった。考えたらわかることかもしれないが、私は考えたことがなかった。子どもに対して決め付けて、とんでもない誤解・思い違いだったなんていうのはなにもそれがはじめめてってわけではなかった。先生などといわれて保育士をやるたまではないのだ。ぺこぺこ頭を下げる仕事のほうが身になっていいのかもしれない。なのに今介護の仕事をしている。えらそ〜な態度で。経験から学ぶということができないようだ。認知症は恐怖や哀れみの目でみられるが、経験から学べないというのは、なんと恐ろしく哀れなことか。認知症どころではない。
posted by カイゴのみょんみょん at 13:08| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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