2012年06月14日

みんなで仲良くえいえいおーーっ!

先日包括から事業所へ苦情が来た。ある虐待ケースについて、管理者をはじめ、事業所のケアマネが、その扱いの重要性や市町村との連携について、十分認識ができていないというのである。管理者は、自分の認識が甘かったことは確かであるが、包括への相談云々についてはいいがかりに近いものがあり、包括自体がうまくまわっていないように感じると言っていた。矢面に立たされたケアマネをかばい、言うべきことは言う、その姿勢は管理者として評価に値すると思う。だが私は話が終るまでの間、他のケアマネが管理者をやんややんや喝采し、包括の職員の悪口を言っているのを聞きながら、能面のような顔で内心のうんざりした気分を隠していた。お義理で笑ったり拍手喝采する気にはなれなかった。苦情を言ってきた包括の責任者が、話の行きがかり上、同僚を非難するようなことを言ったそうだ。管理者は、そのことが不愉快であった、自分は外部に対してあななたたちをそういうふうには言わない、あくまでも管理者としての立場として話をすると言う。文句のつけようもない。立派な正論である。トラブルに際して内部のごちゃごちゃを外部に漏らすのは失策以外のなにものでもない。それでも私はこの話の間中のれなかった。苦情を言ってきた包括職員の性格や仕事のやり方についての悪口に終ったこともその理由だ。包括に対してはいつも卑屈なほどぺこぺこしてるので、非が明らかになりそれみろってなもんだ。それともうひとつ、私はこの管理者が他の職員のことをこらえ性もなく、愚痴ったり非難したりしているのをいつもうんざりしながら聞いていた。私など人の数にも入らないし、配慮の必要もないんだろうけど、人の悪口って面白いけど、これが自分のことだったらと思うとほんとイヤだから。どうしてそういうことまで公の場で話すのだろうといつも思っていた。自分が全てを管理しているので公という意識が薄いのかもしれない。こういう人から興奮気味に、あななたちのことを誇りに思うと言われても、他の人はどうか知らないが、私は心が冷え冷えするだけだ。今回のことでわかったことがある。敵がいたほうが内部はまとまる。中国は伊達に日本を敵視しているわけではないのだ。包括のおかげで管理者とケアマネの距離は縮まった。日頃の鬱屈した思いも晴らせたようだ。
posted by カイゴのみょんみょん at 10:12| Comment(1) | ケアマネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

介護は専門職か?刺青してないから現業じゃないって?

居宅でケアマネとして働き始めて3ヶ月が経った。施設に勤務していたときにはほとんど聞かなかったのに、ここではやたらと聞くある言葉がある。「専門職」だ。専門職としての意見、専門職としての立場など、とにかくやたらと専門職を連発する。包括の職員までが専門職などという言葉を使っている。これと関連して、ケアマネという仕事に対して自信というか、誇りをもっていて、この仕事がどれほど面白いか、どれほどやりがいのある仕事かを語る人が多い。決して悪いことではなく、むしろ必要なことであるにもかかわらず、私には非常に鼻につく。根性がねじくれてんだろうな。楽しそうにやってるのをみてひがむようなもんだ。やりがいのある素晴らしい仕事。どこが悪いってんだ?どこも悪くないよ。でもいちいちそういうこと連呼しなきゃならないのはウンザリだよ。世の中には誰にでもできるような仕事と(橋下大阪市長の現業職員への発言で現業という言葉の意味を知った)そうではない仕事があることは子どもだって知っている真実だ。だからどうだというんではなく、事実だということだ。介護の仕事っていうのは、嫌なはなしだけど現業だよ。いや、違う、専門性が求められるって言い張る人、それ現業の人を差別してるよ。徳川政権下で実質最下位の身分だった農民が、表面上武士に次ぐ身分で、実質非人よりはましと自らに言い聞かせて不遇に耐えていたのと同じだよ。介護の仕事が専門職なら、世の中のすべての仕事が専門職だよ。単純労働などというものは存在しないことになる。言い訳しながらの仕事は苦しいよ。専門性などと言われると、専門性など欠片もない私は、ここにいてはいけないのだ…と思ってしまう。そうか、いたらいけないと言われてたのか…わかんなかったよ…私は昔っから鈍いんだ
posted by カイゴのみょんみょん at 09:38| Comment(0) | ケアマネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職場がクライ。いや、比喩じゃなくて…

毎朝職場に足を踏み入れた途端にその暗さに辟易する。雰囲気ではなく、室内そのものが暗いのだ。なぜって、電気を点けてないからだ。なぜ電気をつけてないかって?知るか!!こっちが知りたいよ!毎朝毎朝のことでうんざりむかつき気分が沈む。私は小さいときから近眼で、親からは、暗いところで字を書くな、読むなとやかましく言われていた。ただでさえ悪い視力が、暗いなかで仕事をするのでひどく疲れて困る。さいしょ、電気をつけたらいけないというきまりでもあるのかと思って、恐る恐る先輩に聞いてみた。「そんなもんないよ!つけていいよ」と言われた。だが、毎朝毎朝暗い。管理者が電気をつけないのだ。管理者は自分が暗いと感じたらつけるようだ。私はがまんできずに「つけてもいいですか」と断わってつけた。別に文句は言われない。だが、やはり管理者や他の職員は電気をつけない。見えない敵と戦っているようだ…ちなみに私が勤務するのは、某組合系の事業所であるが、「和」とか「協調性」が大事とされている。「和気あいあい」「みんなでわいわいがやがや」がいいでしょ?ってなかんじだ。管理者の顔色を窺いながらまるでガマン比べのように電気もつけずに仕事をしていて、なにが和気あいあいかと鼻白む。
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2012年06月03日

ダサい制服に慣れ、居心地がよくなると危険だな

ほんの少しだが仕事に慣れた。ひざの抜けた毛玉だらけのズボンとジャージの制服にも慣れた。仕事は町内がほとんどなので恥ずかしさも感じなくなった。名前を言えば誰もが、「ああ、〇〇さんか」とわかってくれる法人なので、〇〇法人で働く人間として割り切ることにした。一旦割り切るとラクになった。だが、別の危機感がでてきた。名前を言えば誰でもわかってくれるのは非常に便利でありがたいが、それに慣れてしまうと、あたかも法人=自分と勘違いしてしまう。けっして自分自身の信頼で仕事が来ているわけではないのに、そのように錯覚してしまう。 郡部の小さな町なので、居心地がいいのだ。その証拠に隣の大きな町へ足を踏み入れた途端、不安を感じ、身に付けている制服を恥ずかしいと思ってしまう。なんだか子ども関係の世界にしかいない主婦のようなかんじだ。地域密着はいいのだが、「地域」だけで完結してしまっているかんじだ。町役場とサービス事業所だけを相手に仕事をしているかんじがする。こうしたら、ああしたらという思いはあっても、先輩から「これまでの関係性もあるし」と言われたら、それ以上踏み込めなくなってしまう。もう少し余裕ができたら、もっと外部の研修に参加したり、他の市町村の人とも交流しないとなと思う。今はなんにもわからないので、先輩に言われたとおりにサービス事業者を選んでいる。なぜその事業者なのか、私は実のところわからない。組織の一員として働く以上、組織の方針には従わなければならないが、???と思うことが多い、不思議な組織でもある。研究の価値おおいにあり。
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2012年05月29日

異名をとるほどの凄腕ケアマネにならねば

だんなはしょっちゅう日刊ゲンダイだの中日スポーツだのを買ってくる。自分で捨てないなら買うなと口やかましく言ってあるが、効果はない。くやしいので時々読んでいる。こないだ便所で気になる記事をみつけた。(便所で読んでたわけではない。子どものおまるが置いてあるので、その下にしいてある)
見出しは「平場の重さん逮捕」81歳の大物スリ師・計46回服役である。「平場」とは、繁華街などを指すそうで、重さんは、一般にスリの現場になりやすい電車などの乗り物ではなく、繁華街でスリを繰り返していたことから捜査員の間でこのように呼ばれていたようだ。10代でスリを始めた重さんは、過去20回以上も窃盗容疑で逮捕され、今年2月の出所後は体調を崩していたがさいきんになって回復、またもや犯行に及んだということだ。他にも最近逮捕された異名付きのスリが紹介されている。

・エンコヅケのマツ(58歳・男)指(エンコ)でサイフの感触を確かめ、内ポケットから抜き取るのが常套手段。
・声かけのタマちゃん(69歳・女)標的に話しかけ、隙を見て金品を盗む
・ブランコの金(82歳・男)電車内のフックにかかった衣類から金品を盗む「ブランコスリ」
・ケッパーの梅じい(81歳・男)ズボンの後ろポケットからサイフを抜き取るのが得意技
・デパ地下のさと婆(79・女)百貨店の地下食品売り場専門
みんな現役でがんばっておられる。いやいや、けっしてスリをほめてるわけではない。「現役でがんばっている」「己の才覚ひとつで身を立てている」「生活保護など頼ってない」というところがすごいと思う。もっともお縄になれば税金で食わせてもらうことになるのだが…しかし、こういう人たち見ると思う。私には異名を取るほどの特技があるだろうか。ショート獲得にかけてはぴか一のケアマネとか、ヘルパー説得ならこいつの他にいないとか言われるようにならないと、ケアマネも一人前とはいえない。
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2012年05月25日

一番ツライのは誰だ?

先日担当者会議があった。私の担当利用者さんであったが、地域包括のセンター長も参加するちょっと困難なケースだったので、先輩ケアマネが全てを取り仕切ってくれた。私は今後の勉強のためと思い熱心に傾聴していた。そのなかで、家族と介護者の意見がぶつかることがあった。意見というか、思いなのだが。家族は何度も同じことを訴える認知症の利用者さんを「本人は誰にも迷惑をかけてないって言う。全然わかってない。」と言い、それに対して介護者は「迷惑をかけてることがわからないのがこの病気。たとえ忘れてもそのときは本人が一番苦しい思いをしてるのだ」と言う。家族は納得できない様子で、結局「もういいです。わかりました」と、わかってもらえないことにあきらめたような返事をされた。私は口出ししたくてたまらなかったが、しゃべり始めると止まらない危険もあったし、先輩の面目をつぶすわけにもいかなかったので、がまんしていた。介護者がどういうつもりで言ってるかはわからないけど「本人がいちばんツライ」って言葉は、家族にとっては一番ツライ言葉だと思う。『息子介護』の著者、鈴木宏康さんが、その著書のなかで書いている。今まで介護をしてきて一番嫌いな言葉があるんです。病院に行っても施設に行っても必ず言うんです。「本人が一番大変。一番かわいそう」こんなこと言うマニュアルがあるのかなと思いましたよ。自分は、認知症の人を介護してる看護師やヘルパーのほうが一番大変だと思いますよ。って。ケアマネやヘルパーだって、もしプライベートな時間に利用者からガンガン電話があって、何度も同じこと訴えられたら「本人が一番かわいそう」なんて、いい人ぶったこと言えないよ。私は事務所で留守番してるときでも腹が立つ。「私が一番かわいそう!」これ本音でしょう。
posted by カイゴのみょんみょん at 21:14| Comment(0) | ケアマネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

早くも壁にぶつかる

もう壁に突き当たった…まだ一人前に仕事ができないのに…
というか半人前ゆえの壁なのかもしれないが。
私が勤務する事業所は訪問介護事業もやっていて、同じフロアで机を並べている。電話番号も同じである。かけてくる人にとっては、訪問介護事業所にかけたら居宅ケアマネが電話を取り、居宅介護に電話をかけたら訪問介護の担当者が電話を取るということがよくある。わかっている人はわかっているからわかるのだろうけど、わかってない人はよくわからないけどいいか、というかんじなのだろうか。同じように二つの事業を行っているところからの電話を自分が受けるときはまだ混乱してしまう。訪問看護からの電話なので、ケアマネあてだろうと思っていたら、居宅介護支援もやってるので、ケアマネ(看護師)が訪問介護のことで電話をかけているのである。今にわかるようになる、慣れたらわかると先輩に言われたが、確かに私は慣れればわかるようになると思う。だが、利用者やその家族はずーっとわからないままなのではないか。わからないからサービスをキャンセルするときなど、直接サービス事業所に言えばいいのかケアマネに言えばいいのか迷うのではないだろうか。訪問介護に電話したらたまたまケアマネが出て、わかりましたよ〜と返事すれば、??と思いつつも、ケアマネに言えばいいのか…と思うだろうし。それに、なによりも訪問介護のヘルパーやサ責(サービス担当責任者)との関係がうまくつかめない。訪問介護サービスは当然同じ事業所のものを使う。利用者に要望を聞くまでもない。利用者は特に希望もないか、ケアマネと同じとこなら便利でいいと思っているかもしれない。ヘルパーは困ったことがあったり、判断に迷うことがあったりすると事業所に連絡してくる。それを受けたサ責が、ケアマネ業務に関することだろうと医療的な判断に関することだろうとなんでもケアマネに投げてくる。ケアマネがすぐそこにいるからだ。どこの事業所でも同じなのだろうか。私はケアマネをしながら訪問介護もやるので、そのことで疑問に思ったことを聞くと、ケアマネからこんなことを言われた、これはサ責のやるべき仕事なのかと他のケアマネに相談したりする。きちんと伝わっていなかったということだが、同じ事業所だからこんなことが起きるのか…先輩からは、全く別の事業所と思ってやらないとダメだと言われるが、当然のようにサービスに入れながら、机を並べながら、そんな器用なことができるものだろうか?他の人たちはできているのか?
posted by カイゴのみょんみょん at 09:45| Comment(2) | ケアマネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

在宅ってなんのため?誰のため?

この1ヶ月間、居宅介護のケアマネ及び訪問ヘルパーとして在宅支援にかかわって思うことがある。介護保険制度では、要介護状態になっても住みなれた地域で、家庭生活を送ることができるというのが目的みたいになっている。美しい理念であると思う。でも住み慣れた地域って?家庭生活って?っと思わざるを得ない現実がある。私が担当している区域は郡部にある町で、昔から住んでいる在所の農家の人たちと、新しく移住してきた人たちが入り混じっている。新しい住民たちの人間関係が希薄なのは想像通りであるが(家族も近所などの他人も)昔からの人たちも変らないのだ。私が小さかった頃とは、田舎であってもすっかり変ってしまったのである。なのにそのことを認めていないというか、わかっていないというか、自分勝手な田舎賛美をしている人がいる。おじいちゃん、おばあちゃんを施設に入れていない、介護サービスを利用していない=「家でみている」とするのである。あの状態でよくみているといったかんじだ。「家にいる」ことが「(家族は)ちゃんとみている」ことになるのだろうか。施設に入れることが介護放棄や見捨てるということなのだろうか。在宅重視でいくということは、コストダウンが本当の理由であったとしても、「本人の思いや希望」が前提にはあるはずである。だが、本当のところ、家族はどう思っているのだろうか。ただなら施設に入れたいのだろうか?なぜこんなふうに思うかというと、在宅老人たちに対する家族の無関心さに正直驚いているからである。「家にいる」のは老人たちの心身の状態をわかっておらず、生活が崩れてきているのに、そのことに気づかなかったり気づいてはいるけれど自分のことに忙しくてつい後回しになっているからではないのか。そして介護サービスが介入してもやはり無関心なのである。ただ同じ屋根の下にいるだけ、というかんじがする。独居、核家族というと、孤独で寂しいというイメージがあるが、大家族であってもそれは変らず、むしろいっしょにいながら心は全く通わない分、薄ら寒い。以前、独居老人よりも家族と同居している老人のほうが自殺率は高いということを聞き、訝しんだが、なんとなくわかる気がした…実際、独居の人より家族と同居してる老人のほうがよほど気の毒に感じる。なんでって、介護保険じゃ家族はインフォーマル資源として「使える」と思われているからサービスが制限されてしまうのだ。退職年金とかもらってる独身独居老人はサービスけっこう手厚いぞ…
posted by カイゴのみょんみょん at 19:52| Comment(0) | ケアマネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

右も左もわからない新人ケアマネですが

居宅介護支援事業所で新人ケアマネとして働き始めて1ヶ月が経つ。試験に受かって実務研修を受けただけの私には、居宅支援はまったく右も左もわからず、ただ右往左往の1ヶ月であった。訪問介護事業も併設しているので、時々訪問ヘルパーもやっている。ケアマネ業務とヘルパー業務の両方を覚えなければいけないので大変ではあるが、居宅の経験が全くない私にはいい勉強になっている。同じ施設(特養)に5年いただけで居宅のケアマネになった私には、良くも悪くも居宅介護支援は驚くことばかりである。例えば、30分の身体介護でおむつ交換だけをすればいいというのは、正直なところ時間とお金の無駄だなとつい思ってしまった。そのときはたまたま排便がなかったので手間取らなかっただけなのだけど…時間内に何人もの利用者のおむつ交換をこなさなければならない施設と(排便だったからと言って時間オーバーは許されないのが施設の介護だったので。人的余裕がないからだけど)引き比べてしまう。生活介護にしても、利用者の自立を促すというのを前提に、いっしょに何を買うか決めてヘルパーが買い物に行くわけだが、相談なんかしないことも多い。それでも利用社宅に到着後、あらためて買い物に出掛けるのはほんと時間とお金の無駄に感じてしまった。在宅はお金がかかるというが、これではお金や時間がいくらあっても足りないなとも思う。もちろん骨の髄から施設職員の私がなにもわからないでただ言ってるだけである。今後考えは変っていくだろうが、今のところこう思っている。管理者からは、利用者宅でおかしいと思うことがあっても(家が汚いとか、明らかに不合理なことなどに対して)指摘するな、直すなと最初に言われた。利用者尊重の立場からは当然である。他のケアマネからも同じように言われた。だが、それも私には放置の言い訳のように感じた。社会資源の情報提供、利用者の説得、どれもきちんとやろうと思えば手間ひまかかり、報酬に反映されなければやりたくないことだ。完全歩合制のフリー契約で働いている職場なので、私も遅かれ早かれ給付管理など、最低限法律で規定されていることだけをしていればよしとなるのかもしれない。
posted by カイゴのみょんみょん at 09:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

ケアマネの仕事にとっても不安が…

今月中頃ようやくケアマネ実務研修後半が終了した。あとは登録して、いよいよ4月からはフリーのケアマネとして働くことになった。小さい子どももいるし、当分の間訪問介護の仕事でもと思っていたら、思いがけずケアマネの仕事をやってみないかということになり、ちょっと戸惑いつつも嬉しい。が、やはり不安のほうが大きい。だって、ケアマネ試験を受けるときから「試験よりも実務研修のほうがよほど大変」と言われていたし、事実本当に大変だったし(会場が遠かったのもあるけど)提出したケアプランは再提出になったし…
実際に誰かを選んで、その人の認定調査をしてケアプランを立てないといけないのである。私は父が週に3回透析をしており、食事療法が必要なのにまったくといっていいほど管理されていない状態なので、この機会に自分が立ててみようと思ったのだが、父でこうならアカの他人はどうなるのかと、先が思いやられた。2時間ほどで終らせなければならない聞き取り調査はほとんど1日かかり、家に帰ったら聞き漏らしがあったことに気づき…
でも調査してみてはじめてわかったこともあり、家族といえども、離れて暮らしているのでなおのこと、わからないことがあるんだと思った。まだ呆けてはいないものの、男やもめなので、薬の管理などもいいかげんである。昼の薬が2〜3ヶ月分ごっそり茶箪笥から出てきた。面倒くさいから飲んでいないとのこと…看護婦はうるさいのでテキトーに飲んだことにしているとのこと…食事のことを聞くと、ごはんはちゃんと100グラム計って食べているだの、水分は摂ったらいかんし飲んどらん、肉はあんまし食べとらんと言う。外になんか食べに行こうと言うので、こっそり観察しようと思い同行した。鮭のムニエル定食を頼む。ご飯の量が多かったので、残しといたらいいよと言ったのに、しっかり全部食べて、味噌汁も全部飲んで(さっきは汁残しとるって言ってなかった!?)ついてたお茶も全部飲んで、全然食事制限守ってない!!後で姉にこのことを報告すると、そうや〜、お父さん口ではちゃんとやっとるようなこと言っとるけど、実際は全然や、なんでも好きなもん食べとるということ…これではいけないと思い、ヘルパーさんに買い物と調理、掃除をしてもらうというプランを立てた。週に2回ほどでいいだろう、あとは私や姉のインフォーマルサービスでと思ったが、この内容では病状悪化を防げません、透析患者の食事管理は重要です、もっと踏み込んだサービス内容にしてくださいとコメントされ、再提出となったのだ。まだ介護認定の申請もしていない…早くせねば…
posted by カイゴのみょんみょん at 14:22| Comment(0) | ケアマネ実務研修 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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